一夫多妻制度と複数恋愛

女性の浮気が男性の浮気にくらべて、はるかにリスクを伴うために、極秘に行われていたので、男たちは(自分の浮気相手のことは棚に上げ)、女は浮気しない、あるいはできないと、(オメデタクも)思い込んだふしがある。

まあ希望的観測、ということなのかもしれないが、「男は同時に複数の女性を愛することができるが、女性は一人の男性しか愛せない」なんて、ロマンチックな妄想を抱いている男性って、案外多いのではないのだろうか。

そのイメージを支えるのが「一夫多妻制」と「授精と出産」である。

面白いことに現代日本のように一夫一婦制が法律上は定められ、大部分の人々がそのような家族形態で暮らしている場合、「一夫多妻制」社会と聞くと、男性はあたかも自分が複数の妻を持ってる地位にいると仮定してしまうらしい。

一夫多妻制においては、実力者たちが複数の女性を独占してしまうので、ひょっとしたら自分は一生、女性と結婚どころか交わる機会すらもないかもしれないとは(オメデタクも)考えないのだ。

制度はつねに権力者の都合によってつくられる。一夫多妻制もしかりだ。そのとき、女性は複数の男性を愛することが可能か、なんて検討して制度が決められたわけではない。

できあがった制度は、(しばしば実情を無視して)一人歩きする。(有能な)男性は複数の女性を愛してもいいが、女性は一人の男性しか愛してはいけない、となる。(そりゃ、生まれた子供の父親が自分でなければ、この有能な男は困る。)そしてこの「禁止」はやがて「不可能」にすり替えられてしまったのではないだろうか。つまり、「女性は一人の男性しか愛せない」である。

こんな根拠のない戯言を、笑顔で聞いて心の中で「男って、ポンド単純!」と馬鹿にする女性ばかりならいいのだが、中には素直にこの仮説を刷り込まれ、「貞女は二夫にまみえず」を信じ込む純情派もいる。

しかし人の心は当てにならぬもので、このような貞女候補生が、二人の男性に言い寄られ、どちらかを決めかねて悩んだりするのだ。あるいは、一人の男性と交際しているときに、たまたま知り合った男性に魅せられた-当然彼女は悩む。

しかしこの悩みには、もともとの彼氏を裏切ることへの罪悪感だけではなく、「女が二人の男性を同時に愛することが可能なのだろうか」という。ある種の呪縛ががらんでいるように思われてならない。

いっぽう、「僕らは複数の女性を愛せるようにDNAが組み込まれているんだ」なんて思える男性は、すごく気楽だろう。私の友人にも、「男が自分の子孫を多く残そうと、複数の女性を相手に精子を蒔きたがるのは、自然のプログラム」と言ってはばからないオジサンがいる。

彼いわく、女性は優秀な男性を選び、その子を産んで育てるようにプログラムされているから、そんな男性と結ばれたら浮気はしないとか。この男性、東大出だから自分が優秀だと、かなり油断しているかも。

あのさあ、性と生が直結しないわれわれ文明人において、いい加減、鳥の話を当てはめるの、やめてもらえないかなあ。セックスが子づくり以外の目的で行われるようになって久しいんだしさあ。だいいち、世界最古の職業は。娼婦だと、よく言われるでしょ(もっとも、売春婦ではなく助産婦という説もあるけれど、古代遺跡にも娼館はよく見られるから、古くから仕事としてセックスが成り立っていたことは間違いがない。)